2014年5月号

神を信じるとは どういうことなのか?

苦しみと恐れ。
一人の一生はもとより、国や民族、さらには世界というスケールにおいても、過酷な困難に襲われる時があります。東日本大震災から三年がすぎました。この国は正しき道を歩んでいるでしょうか。
そして私どもは神の御前に立っているでしょうか。

どのように生きればよいか今月は再放送中の二つの番組から神の語りかけに耳を傾けます。

「第8回・罪を知ること・告白すること・引き受けること」ボンヘッファー~その生涯と信仰~ 村上伸
「第5回・イザヤ書における信仰」神のドラマ・イザヤ書 小林和夫

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「罪を知ること・告白すること・引き受けること」ボンヘッファー〜その生涯と信仰〜・村上伸氏

第8回「罪を知ること・告白すること・引き受けること」
ボンヘッファー~その生涯と信仰~
村上 伸氏(日本基督教団隠退教師)

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聖書に書いてある神の戒めを、まるで天から降って来た絶対的な基準のように、
どのような状況、いかなる時代でも適用する絶対的な原則として、
言わば固定的に受け止めて、
天にだけ視線を向けて生きて行くという生き方があると思います。
ところが、これでいきますと、私たちの生きております現実の歴史、
或は現実の世界の具体的ないろいろな問題から遊離してしまう恐れがあります。

逆に、歴史的な現実とか、その時々の世界の具体的な問題にだけ
(ボンヘッファーの言い方ですと「大地にだけ」)
目を向けて、そこからものを考えようとしていきますと、
いつの間にかそれに足を取られて、肝心の御旨というものが見失われてしまう。
そして、その都度自分にとって都合の良い生き方を選ぶということになりやすいのです。

その二つの考え方のどちらでもない、
天と地とを同時に見つめるような姿勢がなければならない。

それをボンヘッファーは、イエス・キリストという方の中に見出したのでありました。

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写真出典『ボンヘッファーの生涯ー写真と著作による評伝』新教出版社
E.ベートゲ夫妻/Ch.グレメルス編 高橋祐次郎訳
http://www.shinkyo-pb.com/theology/post-337.php


「イザヤ書における信仰―キリスト教の『信仰』の内実」神のドラマ・イザヤ書・小林和夫氏

「イザヤ書における信仰ーキリスト教の『信仰』の内実」イザヤ書7章1~9節
神のドラマ・イザヤ書
小林和夫氏(ホーリネス東京聖書学院教会牧師)

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「子供のロバのような私に乗って」愚直な道ーマルコによる福音書ー・金田聖治氏

「子供のロバのような私に乗って」
愚直な道ーマルコによる福音書ー
金田聖治氏(日本キリスト教会鎌倉栄光教会牧師)

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「Hush harbor」塩谷達也のSpirit of Gospel

「Hush harbor」
塩谷達也のSpirit of Gospel

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「アタイさんとの出会い」出会いの贈りもの〜台湾・活水泉のほとりから〜木下理恵子氏

「アタイさんとの出会い」
出会いの贈りもの~台湾・活水泉のほとりから~
木下理恵子氏(OMFインターナショナル元台湾宣教師)

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