「悪に甘んじることなく」伽賀由氏

「赦された『わたし』の道」たとえ言葉にならなくても―主日の説教から(伽賀由氏)

「悪に甘んじることなく」より
たとえ、言葉にならなくても―主日の説教から

伽賀 由氏(日本メノナイトキリスト教会協議会日本メノナイト帯広キリスト教会牧師)

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『目には目で、歯には歯で。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着もやりなさい。あなたに一ミリオン行けと強いるような者とは、いっしょに二ミリオン行きなさい。求める者には与え、借りようとする者は断わらないようにしなさい。
『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。
…あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。
(マタイの福音書5章38~48節)

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自分とかい合わない人間

今朝の御言葉は、どのように読むのか、正直、迷うような思いがあります。「悪に手向かうな」とあるからです。現実社会の変化を見る時に、戦争を知らない私の世代でも、様々な事を感じます。その中でキリスト者は、あるいは教会は、何かが欠けているように思うんですね。短絡的に、悪に手向かうな、だから私達はじっとしているのだと、果たしてそれだけで良いのでしょうか。