「イエスの食物」川島隆一氏(1/5)

「イエスの食物」光を見るすべ—ヨハネによる福音書—・川島隆一氏

第11回「イエスの食物」
光を見るすべ—ヨハネによる福音書—

川島隆一氏(日本基督教団 秋田楢山教会牧師)

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◇あなたはどこにいるのか

ここは、『サマリアの女の物語』の第三段落です。私たちはここで、サマリアの女のある意外な行動を目撃します。「女は、水がめをそこに置いたまま町に行った」(28節)という女の行動です。なぜ意外なのか。それは、この女は他の女たちと顔を会わせたくなかったので、誰も水を汲みに来ない真昼に水を汲みに来たのに、女は「水がめをそこに置いたまま町に行った」というのです。

そして、人々に、「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかして、この方がメシアかもしれません」と言ったのです。人目を避けるように生きていたその女が、罪も咎もあるままに人々の前に立ち、「さあ、わたしを見てください。私はここにいます。」と言ったのです。いったい、この人に何が起こったというのでしょうか。

聖書は、人は皆、人目を避けて生きていると語っています。創世記三章に、蛇の誘惑と言われる物語があります。女が蛇に誘惑され、「決して食べてはならない」と言われた「善悪を知る木」から取って食べ、男も一緒に食べた。すると「二人の目が開け、自分が裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした」という物語です。これは、人が人目を避けて生きるようになった現実を物語っています。そして、この後、神が語りかけた、「あなたはどこにいるのか」は、人目を避けて生きる人間の〈存在の深み〉にある闇を明らかにしています。人目を避けて生きる人間は、自分がどこにいるのかを見失っているからです。

実は、この女も自分がどこにいるのかを見失っていた。その女に主イエスは、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言いました。つまりは「あなたはどこにいるのか」と語りかけられたのです。女の目を、女が隠し持っていた闇に向けさせたのです。何故なら、闇を見ない者は、光を見ることはないからです。

こうして、人目を避けるように生きてきた人が、自ら白日の下に身をさらしたのです。「わたしを見てください。私はここにいます。」と。主イエスと出会ったことで、この女の中に起こった変化の大きさに圧倒されます。

人目を避けて生きていた女が今や伝道者になったのです。イエスと出会い、己の闇を知り、そのようにして、まことの礼拝へと導かれた者が伝道者となった。実に礼拝する者はまた、伝道する者なのです。