「イエス様にほほえむという道」吉川直美氏(1/3)

「イエス様にほほえむという道」心のしずくを集めて〜御言葉黙想・吉川直美・長倉崇宣

「イエス様にほほえむという道」
心のしずくを集めて〜御言葉黙想
吉川直美
(シオンの群 中野教会牧師)
お相手・長倉崇宣

‘主イエスは何を求めておられるのか’

「イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。『善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。』イエスは言われた。『なぜ、わたしを「善い」と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。すると彼は、『先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました』と言った。 イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。『あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。』 その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。イエスは弟子たちを見回して言われた。『財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。』」(マルコによる福音書10章17〜23節)

長倉 何だか、この金持ちの男の人が可哀想というか…。

吉川 そうですよね。他の聖書の箇所では、イエス様に出会った人たちは「イエス様に付いて行って弟子となった」とか「癒やされた」とあるのに、この人は「悲しみながら立ち去った」んですよね。「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」と、人生に対する真剣な問いを持っている人なのに。

こんなに真面目で敬虔な人、しかも社会的にも成功している一角の人物が「悲しみながら立ち去っ」てしまう…ここまでしても駄目なのか、イエス様はこの人に本当は何を求めていたんだろうって思うんですよね。