「キリストの十字架が何故の罪のゆるしに?」百瀬文晃氏(1/3)

「キリストの十字架が何故の罪のゆるしに?」百瀬文晃氏

「キリストの十字架が何故の罪のゆるしに?」
キリスト教何でもQ&A
百瀬文晃氏
(カトリックイエズス会司祭)
吉崎恵子

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質問
「キリストの死はどうして人間の罪の赦しとなるのですか?」
「『キリストが復活した』と言われますが、一度死んだ人が生き返ったと信じているのでしょうか。」


子たちが見出したもの

百瀬 「キリスト教といえば十字架だ」というのは誰のイメージにもあることだと思います。しかし、イエスの弟子たちは十字架で亡くなったイエスに失望して、逃げ去ってしまった訳です。それは今日でも同じことではないでしょうか。

私はこう申し上げたいのです。
神がイエスを通して全人類の傷を御自分で担い、死の運命にある人類を御手に受け止めておられる。
いわばイエスの死を突破口として、神が人類の苦しみを担ってそれを祝福へと高めてくださった。 これが十字架の出来事ではないかと思います。

また「贖い」とも言われますが、この言葉はもともとユダヤ人が「捕虜を買い戻すこと」やそのための「身代金」を意味していたのです。しかし、宗教的な意味を持つようになって自分たちを本当に贖う方は人間でなくて神様だと考えるようになりました。ここから、イエスの十字架の出来事を通して、罪に縛られた世界が解放され本当の命を見出すというようになったのです。