「獄中で深められた思想」村上伸氏(1/1)

「獄中で深められた思想」ボンヘッファーの生涯と信仰・村上伸氏

「獄中で深められた思想」
ボンヘッファーの生涯と信仰
村上 伸
(日基教団隠退牧師)

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聖書的な信仰というのは、彼岸に救いを求める宗教性というものではない、或はまた人間の内面の問題ばかりを考えている、そういう宗教性でもない。
安易に、そして自分勝手に、自分の都合に合わせて、機械仕掛けの神様を持ち出してくるような、そういう宗教性ではない。

ですからボンヘッファーは、こういう宗教性を我々は捨てなければならないというふうに考えたわけですね。

獄中のボンヘッファーがやったことは、徹底的に聖書の信仰に立つということ、そしてそれを深めるということでした。
彼はイエス・キリストという方にあくまでも視線を集中した人です。

『イエス・キリストを見よ、この人を見よ。彼において神と世界との和解がなった。』
だからイエス・キリストを見る者はそれ以後、神なしに世界を見ることは出来ないし、世界なしに神を見ることもできない。それがボンヘッファーのキリスト論的な基本線であったわけですけれども、これは獄中書簡の中でも一貫しています。

(文責・月刊誌編集部)