「身元不明の方々のためにー火葬場での祈り」井形英絵氏

「身元不明の方々のためにー火葬場での祈り」井形英絵氏

「身元不明の方々のためにー火葬場での祈り」
この地で牧師として生きる〜今あるはただ神の恵み〜
井形英絵氏(日本バプテスト連盟 南光台キリスト教会牧師)

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仙台市に葛岡斎場という火葬場があるのですが、 3月11日の震災の後、そこに身元不明の方のご遺体が運ばれてきました。その方々の火葬は、日中のご家族のいる方の火葬の後で行われるものでした。ある意味、政教分離の中では許されないことだったかもしれませんが、その場にたまたま居ることが許された宗教者たちが、火葬されている方々の前で、僧侶、神官、そして牧師や司祭が順に祈らせて頂いたんです。

ちょうど私にその役割が与えられる前の日が、イースターだったんですね。
身元不明ということですし、どこで亡くなったのかも、どんな生活をなさっていたのかも、年齢も分からない方たちなんですね。 私はこの方たちのためにどんな風に祈ったらいいのだろうかと思って、イースターの説教の準備にあたっていました。

その時に与えられたことが、イエス様が完全に人間であったのなら、あの十字架から下ろされた時、息を引き取ったそばから、もう朽ちていっていたのではないかと。つまりイエス様は、本当に死者になられた。亡くなった方になって下さったということを感じたんです。

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」(フィリピ2章6~11節)

この「地下のもの」とは、おそらく亡くなった方々のことだと思うのですが、イエス様が無になって、朽ちていく者と同じ姿になって下さった。そのことを私は改めて受けたんです。

私はこの亡くなった方々のことが分からないけれども、イエス様はこの人を知っていて下さる、とらえていて下さる、この人と一緒にいて下さるということが、本当に希望として立ち上がっていったんです。

そしてイースターの次の日に、復活のイエス様がその人の命を受け取って下さっているということを信じて、火葬の前で神様にそのお一人お一人を委ねる祈りをさせて頂いたんです。

(文責・月刊誌編集部)