「イサクをささげる」広田叔弘氏(1/3)

「イサクをささげる」光を仰げ—創世記—・広田叔弘氏

「イサクをささげる」
光を仰げ—創世記—
広田叔弘氏
(日本基督教団梅ヶ丘教会牧師)

聖書:創世記22章1〜16節 >>聖書を読む

安定した日々の中厳しい試

冒頭に「これらのことの後で」と語られています。
アブラハムとサラの間にイサクが誕生しました。跡取り息子です。先に、女奴隷ハガルとの間に生まれたイシュマエルがおりましたが、“跡取り息子はイサク”と言うことで、ハガルとイシュマエルには、家を去らせました。直前の段落には、寄留している土地の王アビメレクとの間に水争いが生じたことが伝えられています。しかし、平和に解決することが出来ました。家庭では跡取り息子が健やかに育ち、地域では寄留の身でありながら重んじられ、堂々と暮らしを立てている。アブラハムにとっては、盤石とも言える安定した日々が訪れたのです。そしてこのようなとき、神はアブラハムを試みました。厳しく、耐え難い試練に遭わせたのです。

「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」(22章1~2節)

神は “ひとり息子のイサクをささげよ”と言うのです。イサク奉献の物語。
この出来事によって主は、私たちに何を告げるのでしょう。
神さまが私たちにこのような試練を与えるのであれば、とても耐えられません。ごく普通に物語を読めば、「神さまは何と残酷なのだろう」と思います。しかし、本当に残酷なのは人間の方です。