「トラックで教会に乗り付けて」川崎一路氏(3/3)

思いもよらない言葉が自分のから出てきて

そして次の日になって、私は当時トラックで配送する仕事をしていたんですけど、どうしても腹の1403_03_boks140317_03虫が治まらなくて、牧師に言いたいことを言って、もうあんな教会やめてやるという思いでトラックで教会に乗り付けました。
牧師が「どうされましたか」と言ったので「私はあなたに言いたいことがある、それを言ったら帰るから構わんで下さい」と。そうしたら牧師が「まあそう言わないで、向こうで少し話しましょう」と言われて、よく祈祷をする場所へ行きました。

「さあどうぞ」と言われて、私は自分でも思いがけないことに「私は罪人でした」と言ってしまったんです。「私は神に従ってなかった。だから自分は不機嫌だったんだ。それがよくわかりました。私は神様に逆らってたんです」と。

さっきまでは牧師に怒鳴り散らして帰ろうと思っていたのに、自分でも思いもよらない言葉が自分の口からどんどん出て来て号泣してしまった。牧師はほとんど何も言いませんでした。一人で話して、一人で悔い改めて、一人で泣いて、そして「私はどんな道でもいいからもう一回神様にちゃんと仕えないともうダメだと思います」と言ったんです。そうしたら牧師が「私はあなたがそう言うのを待って祈っていました」と言ってくれたんです。

その後に与えられた聖書の言葉が、ペテロに対する主イエスの言葉だったんです。「わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは立ち直ったら、ほかの兄弟たちを力づけてやりなさい。」ペテロがダメになる事を主はご存知で、しかしそのためにすでに祈って、立ち直る事までも約束して下さっていた。もうこれは逃げる事は出来ないなという思いが強くありました。

ただ、そうは言っても一度は牧師職に後足で砂をかけるように生きて来た人間ですから、そうそう簡単に道が開けるわけではありません。しかし、それからかなり長い年月が経ちまして、牧師として立つという道が開かれる事になったんです。 今でもペテロに対するイエスの言葉は、繰り返し私に響いてきます。私自身には良い所がない、私の中には信仰なんかない、神様が与えて下さる信ずる心しか私の中にはなくて、それは聖霊によってイエス・キリストが私に注いで下さるもの。ただ、今こうして牧師としての働きをしながら、御言葉を語る使命が自分には与えられている、語らなきゃいけないという強い確信が、いつも新しくわき上がってくるんです。そしてこのつたない者の言葉を神の言葉と信頼して聴いてくれる教会がある。ここにイエス・キリストがいて下さるんだということを私は毎週毎週思っているんです。

(文責・月刊誌編集部)