「葛藤の中にイエス様が」酒井勲氏

「葛藤の中にイエス様」酒井勲氏

「葛藤の中にイエス様が」
出会いの贈りもの〜酒井牧師の北陸だより〜
酒井 勲氏
 松任教会牧師

*  *

なぜなら、たといわたしたちの心に責められるようなことがあっても、神はわたしたちの心よりも大いなるかたであって、すべてをご存じだからである。
(ヨハネの第一の手紙3章20節)

実は私がFEBCのラジオ放送を聞いたのは、タクシーに運転手として乗務していた時だったんです。「どうして牧師がタクシーの運転手を?」と思うかもしれませんね。

20年ほど前、松任教会はまだまだ開拓伝道のただ中でした。実は援助してくれた教団本部と開拓伝道に対する理解の食い違いというものがあり、ある出来事をきっかけに援助金をすべて本部にお返しすることになってしまったんです。
貯金を全て下ろしたり、現実は甘くないですよね。明日からどうやって生活していこうか。決して裕福ではなかったので、三人の子供たちの教育費や様々な必要のために、私はタクシーの運転手として日曜日や祈祷会の日以外18年間勤めました。
けれども実はいつも心に引っかかっていることがあったんです。二足わらじで生きていかなければならない。でも綺麗ごとは言っていられません。

タクシーに乗っていると、いろいろなお客さんに出会います。
その中で、生涯忘れられない出会いがありました。

ある日、坂道でおばあさんが手を挙げていました。銭湯へ行ってくれとのことでした。そのおばあちゃんはとても顔色が悪くて、何かご病気を持っておられるのかなと感じていました。やはり過去に四~五回手術を繰り返してきたとのこと。結果もあまり思わしくなかったようです。
でもこのおばあちゃんが私にこう言ってくれたんです。
「運転手さん。生きるんだよ。辛いことあるかもしらんけど、生きて行くんだよ。」
噛んで含むように、でも温かく、繰り返し私に語りかけて下さったんです。
銭湯に着いておばあちゃんは降りていきました。
私は車を止めて、メーターも止めて、しばらく運転できませんでした。

実はこの時、私は非常にしんどい最中にあったんです。それはこういう私の生き方に対して、ある人たちが批判や誤解、偏見を持って見ていたということが、風の便りで私の耳に届いていました。まさかこの人が、と、とても落ち込んでいたんです。このただ中で、このおばあちゃんとの出会いは、私はイエス様が与えて下さったと思いました。このおばあちゃんを通して、イエス様が私に臨んで下さったと強く感じました。イエス様が私と共にいて下さる、私のしんどいこともイエス様はしっかり受け止めて下さり、こうして私に関わって下さっていた、支えて下さっていたということを、はっきりと受け止めることが出来たんです。車を止めて、銭湯の前で「イエス様、本当にありがとう」と、目頭が熱くなる思いで感謝いたしました。

(文責・月刊誌編集部)