「FEBCとわたし―吉崎恵子インタビュー」吉崎恵子(1/4)

「FEBCとわたし―吉崎恵子インタビュー」吉崎恵子

「FEBCとわたし―吉崎恵子インタビュー」
吉崎恵子 
FEBCメインパーソナリティ
聞き手・立石美歩

***

自分の国の言葉で福音を宣べ伝える

ー日本語放送開始60周年ということですが、そもそもFEBCはどのように始まったのですか?
吉崎 第二次大戦後に、荒廃したアジアの人々に何とか福音を伝えたいと、アメリカ人の三人の若い兵隊たちが千ドルを出し合ってフィリピンで放送局を始めたんです。その三sp120616_02人のうちの一人ロバート・ボーマン氏が社長となって、本当に燃える思いで率いて下さったんです。一番要となる考え方は、その国の人々が自分の国の言葉で福音を宣べ伝えること。そして日本語放送は、短波でフィリピンのマニラから始まったのが1952年でした。

―吉崎さんがFEBCに入社されたのはいつだったんですか?
吉崎 1970年の1月19日です。当時のウィルキンソン支社長が誘って下さって、ずっとお断りしてたんですけど一ヶ月間毎日言われて、それから40年以上も仕事をさせて頂けるなんて思いもよらなかったです。
その後日本では難しいが韓国ならキリスト教に寛大だからということで、ウィルキンソン氏が中心になり韓国に行って250キロワットのAMラジオの送信所を建てる土台を作ったんです。