「三つの誘惑」英隆一朗氏

私たちも、神の愛が何であるのかということを深く黙想しながら身につける必要性があります。何が私たちを神の愛から離すものなのか?私たちの罪の根っこと言ってもいいかもしれない、それを見なければならないと思うんですね。

この三つの誘惑は、神の愛の代わりに、物や人からの評価や自分で自分を高めることによって埋めようとするのか。あるいは神の愛だけで生きていけるか。この究極の選択を私たちに迫っていると思うんです。

残念ながら私たちは神の愛だけで生きていくことはなかなかできない。結局、神様以外のもので自分を埋めようとしてしまうことがあるわけですね。しかし、ここで大事なのは、イエスは、この神の愛に反するものすべてを退けて、悪魔の誘惑に勝ったということなんです。

悪魔というのは、悪魔の顔を出さないで、知らず知らずのうちに誘惑するのが常套手段で、「悪魔がここにいますよ」という感じで人にバレたらダメなんですね。だからこの荒れ野で悪魔は、イエスの前に現れた時点で、実はもう負けているんです。私たちも、自分の心の中にある悪の力、罪の根っこは何なのかを見ることができるかどうか、この場面からよく黙想したらいいんではないかなと思います。