「今、神学するということ」石居基夫氏

の時代、
日本人に通じる言葉を

それを、今ここで、私たちはどのように「対話的」に信仰を語り、分かち合うことが出来るか。21世紀を生きる私たち、特にここ20年で新しい時代を迎えているという感じがしますよね。コンピューターで検索すれば何でも調べられる。5分も歩けばコンビニがあって何でも手に入る。そういう私たちに何が救いとして見えてくるのか。それは30年前とは違うかもしれない。神様の救いというものは普遍的な救いですから、誰に対しても同じように提示されているけれども、受け取る私たちには、そこに通じる言葉が必要ですよね。

そして、この日本で、日本人として神学をするのですから、欧米の人たちの神学とは違うんじゃないかと思うんです。じゃあ日本の神学は一体何をしてきたのかというと、長い欧米の神学を翻訳して一生懸命学んできた。でも、それを私たち日本人に伝わる言葉としてちゃんと紡いできたのだろうか?と考えると、どうしても翻訳的な神学になってきてしまったかもしれない。日本的な宗教性や文化をちゃんと掘り起こして、見定めながら対話をしていくように意識をしなければいけないと思うんです。