「反対の嵐の中で」徳善義和氏

「反対の嵐の中で」マルチン・ルターの生涯と信仰・徳善義和氏

「反対の嵐の中で」より
マルチン・ルターの生涯と信仰
徳善義和氏
(ルーテル学院大学名誉教授)

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1521年4月、皇帝に就任したカール5世は、ウォルムスという町に国会を招集し、ルターは出席を求められます。いわば国会喚問の命令です。すでにルターはこの年の1月3日にローマ・カトリック教会から破門の宣告を受けている身でした。

当時のドイツ国会に代表者として出席していた諸身分およそ400名が、いずれもきらびやかに立ち並ぶ中、黒い修道士服に身を包んだ痩せ細っているマルチン・ルターが登場して来るわけです。ルターの前には本がうず高く積み上げられていました。「この本はお前のものか」「この本はお前の考えであるか」そして「この本に書かれていることを撤回するか」と皇帝の顧問官がルターに聞いた3番目の質問に、しばらく考えた後に「24時間の猶予を」と願います。そして翌日、マルチン・ルターはこの席に再び登場してきます。昨日ルターのことを『弱々しく小さく見えた』と書いた同じ記録者が、二日目には『ルターは大きく見えた』と記しています。
皇帝の顧問官は昨日と同じ質問をし、イエスかノーかの答えをルターに迫りました。そこでルターは、はっきりとこう言いました。

「聖書の証言か明白な理由をもって服せしめられないならば、私は私があげた聖句に服し続けます。私の良心は神の御言葉に捕らえられています。なぜなら私は教皇も公会議も信じないからです。それらがしばしば誤ったし、互いに矛盾していることは明白だからです。私は取り消すことは出来ませんし、取り消すつもりもありません。良心に反したことをするのは、確実なことでも得策でもないからです。神よ私を助け給え。アーメン。」

この後にルターはさらに、「私はここに立っている。私は他のことを成しえない」と言ったとする記録もあるので、《我ここに立つ》というルターの言葉が後世に伝わることになるのです。

(文責・月刊誌編集部)