「心の目のピントを合わせる」井幡清志氏

ント合わせのント

自分が今置かれた状況の中で、何を大事にすべきなのか、そのことを尋ねようとする、その姿勢が、生きる構えが大事なのじゃないか。もちろんそれがなかなか難しいことではあるのですね。どこに焦点を合わせていいのかわからないで過ごすということもある。それでも、ただなんとなく生きるんじゃなくて、やっぱり大事なことは何か焦点をしっかり合わせようと試みながら生きていくことが出来るとするならば、それは私たちがみ言葉に焦点を合わせようとして歩んでいるかどうかと、関係していくんじゃないでしょうか。み言葉を聴く時に、神はこの私に何をおっしゃろうとしているのだろうか、どのように歩めと導いてくださるかと、そこに焦点を合わせようとしている。いつもピタッとこれですよと答えが分かるわけじゃないかもしれません。でも、それを探そうとするんです。ただ現実への対処に追われるだけの生活に終始するんじゃない。大事なことにピントが合わさっているか、あるいは自分が焦点を合わせるべきは何なのか尋ねるんです。尋ね続けていくんです。

そしてこうした私たちの生活の背後に、もうひとつの事実があります。それは、私たちがどう焦点を合わせるかということの土台には、神様がお一人お一人の命に、あなたに、焦点をピタリと合わせておられるということです。その人その人にかなった形で導きや励ましを与え、恵みを施し、ご自身の愛を惜しみなく注いで下さる。慈しんで下さる。その神様のご存在の上に私たちは生かされているんです。ひょっとしたらそのことが最も大事なことだし、一番中心なのかもしれません。そこにピントを合わせるところから、その次の歩みが始まっていくという順番かもしれませんね。この神様のなさり方、神様のお姿に、御旨に、しっかりと目を凝らして、目を澄ませて生きることが出来ればと思うのです。

(文責・月刊誌編集部)