「心の目のピントを合わせる」井幡清志氏

タリと焦点が合っているか

「目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば、体も暗い。」(34節)
この「目が澄んでいる」という言葉は、元の古いギリシャ語で「単純」という意味だそうです 。「すっきり」とか「ひとつ」とか、複数じゃないんですね。英語の聖書を見ると「シングル」と訳してある聖書もありました。
私の目は乱視がかなり強くなってきて、夜空の月は二つに見えるんです。夜空を見てもスッと見えていない感じがして、何かモヤモヤする。そうすると、何か自分の身の回りの世界全体がモヤモヤしてすっきりしない気持ちになるんです。イエス様のこのたとえは、そうした生身の人間としての経験にすごく当てはまるなと思いました。つまり大事なのは、物事がすっきりと見えているということ。ピタッと焦点が合っているということですよと。あるいは、何か大事なものに対して、本当に私たちが見なければいけないものにピタリと焦点が合わさっている。これが「目が澄んでいる」ということでイエス様がお示しくださっていることなのかもしれません。