「自己満足の宗教」青木豊氏

「自己満足の宗教」全地よ、主をほめたたえよ・日本キリスト教会高知旭教会・青木豊氏

「自己満足の宗教」より
全地よ、主をほめたたえよ
日本キリスト教会高知旭教会・青木豊氏

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主はこう言われる。「さまざまな道に立って、眺めよ。昔からの道に問いかけてみよ、どれが、幸いに至る道か、と。その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」しかし、彼らは言った。「そこを歩むことをしない」と。わたしは、「あなたたちのために見張りを立て、耳を澄まして角笛の響きを待て」と言った。しかし、彼らは言った。「耳を澄まして待つことはしない」と。「それゆえ、国々よ、聞け。…見よ、わたしはこの民に災いをもたらす。それは彼らのたくらみが結んだ実である。彼らがわたしの言葉に耳を傾けず、わたしの教えを拒んだからだ。シェバから持って来た乳香や、はるかな国からの香水萱が、わたしにとって何の意味があろうか。あなたたちの焼き尽くす献げ物を喜ばず、いけにえをわたしは好まない。」(エレミヤ書6:16~20)

りの平和

この言葉が語られた時、イスラエルは分岐点にありました。そのイスラエルに、神様はエレミヤを通して「幸いに至る道を歩み、魂に安らぎを得よ」と勧めているのです。この少し前の14節ではこう語られています。「彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して、平和がないのに、『平和、平和』と言う。」分岐点にあるということは、イスラエルの国は危機にあるということです。破滅の危機です。にもかかわらず、当時の偽りの預言者たちは「平和平和」と言っている。その中でエレミヤは、「魂に安らぎを得よ」と言っているのです。これは単に私どもの心が穏やかであるということを遥かに超えています。破滅の危機に目をつぶって自分の心が穏やかであればいいのか?その危機を乗り越える真の平和はどこにあるのか?それを問え、現実を直視せよと言うのです。