「大胆に絶望できる」青木豊氏(1/3)

「大胆に絶望できる」日曜礼拝番組 全地よ主をほめたたえよ・日本キリスト教会 高知旭教会 青木 豊牧師

「大胆に絶望できる」
日曜礼拝番組「全地よ、主をほめたたえよ」
日本キリスト教会高知旭教会 説教・青木 豊 牧師

聖書は主イエスが十字架にかかられた時に叫ばれたお言葉を、翻訳せずにそのまま書き記しました。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」(マルコ15章34節)そしてこの言葉は詩編22編2節の言葉そのままなのであります。さらにこの詩編には主イエスの受難の場面と重なるところがいくつもあります。ですから詩編22編の言葉によって、主イエス・キリストにおいて起こった出来事が一体どういうことであったのかがよくわかってくるところがあると思うのです。

この詩人がどういう苦しみにあっているのかはわかりませんが、その苦しみの一番根本にあるものをここで歌っていると思います。

「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず、呻きも言葉も聞いてくださらないのか。わたしの神よ、昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない。 」(2〜3節)

神様に向かって嘆き訴え、何度も何度も祈るのです。しかし神様は黙ったままなのです。そしてそれは私たちのどういう困難であっても、その根本にある共通する苦しみではないかと思います。日本でもよく言われます。「神も仏もあるものか。」そう言う時の神様は、私とは関わりのないものになっている。しかしこの詩人は違う。神を激しい言葉でなじり、腹の中にある神に対する恨みをぶつけながら、しかしこの神に向かって言うのです。「わたしの神」と。そしてそこからこの詩は展開していくのです。